大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和49年(モ)12776号 判決

申請人

高山堯

申請人

五十嵐昭三

申請人

川崎恒巳

申請人

昼間忠男

右四名訴訟代理人

草島万三

外一名

被申請人

東亜石油株式会社

右代表者

岸田市平

右訴訟代理人

矢野範二

外一名

主文

1  当裁判所が当庁昭和四九年(ヨ)第二三〇六号賞与等支払仮処分申請事件について昭和四九年八月九日にした仮処分決定を取消す。

2  本件仮処分申請をいずれも却下する。

3  訴訟費用は申請人らの各負担とする。

4  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

第一  申立

一、申請人ら

主文第一項掲記の仮処分決定を認可する。

二、被申請人

主文第一ないし第三項と同旨

第二  主張

一、申請人ら(申請の理由)

1 被保全権利

(一) 申請人らは、被申請人に従業員として雇用されたものであるが、被申請人は、申請人高山を昭和四〇年五月一二日に、その余の申請人らをいずれも昭和四〇年六月一日に、それぞれ懲戒解雇したとして、以後申請人らが本件雇用契約の約旨に従い提供する労務の受領を拒絶したまま現在に及んでいる。

(二) 従つて、申請人らは被申請人に対し依然賃金、賞与の請求権を有するものであるところ、申請人ら所属の労働組合と被申請人間において、(1)昭和四九年五月三一日付をもつて昇給に関する協定、(2)昭和四九年六月二八日付をもつて夏季賞与に関する協定がそれぞれ締結されるにいたつた。右各協定によれば、申請人らの昇給額及び夏季賞与額は、いずれも次のとおりであるから、申請人らは被申請人に対し、その支払を求める権利がある。

申請人

昇給額(円)

夏季賞与額(円)

高 山

三九、三〇〇

四三九、五〇〇

五十嵐

三五、九〇〇

四六二、〇〇〇

川 崎

三八、八〇〇

四二一、四〇〇

昼 間

三八、四〇〇

四〇八、三六五

仮に右賃金等に含まれる査定分についての請求権の発生につき被申請人の個別的意思表示が必要であるとすれば、被申請人は、本件雇用契約並びに前記各協定上の査定義務を怠り、申請人らに対し右と同額の損害を与えているのであるから、申請人らのこの損害を賠償すべき義務がある。

2 保全の必要性

申請人らは、被申請人から支払われる賃金等を唯一の生計手段とする労働者であつて、右賃金等の支払が得られなければ著しい損害を蒙るおそれがある。

3 以上の理由をもつて申請人らが東京地方裁判所に対し昭和四九年八月から本案判決確定までの間の前記各昇給額並びに夏季賞与額に相当する金員の仮払を求める仮処分を申請したところ、これを認容する原決定がなされたので、その認可を求める。

二、被申請人(申請の理由に対する認否)

被申請人は、本件仮処分異議訴訟においては、申請人らが主張する「保全の必要性」の存在のみを争うものであつて、その主張の詳細は、別紙記載のとおりである。

三、申請人ら(別紙記載の被申請人の主張に対する認否並びに反駁)〈略〉

第三  証拠関係〈略〉

理由

一申請の理由1の(一)の事実は当事者間に争いがない。

二被申請人は、申請人らが申請の理由2において主張する本件仮処分における保全の必要性の存在のみを争うので、まずこの点について判断する。

1  本件当事者間において各仮処分がなされ、これに基づき被申請人が昭和四〇年六月以降昭和四九年三月までに申請人らに対して仮払した金員の合計は、申請人高山につき金一一〇六万三六五〇円、申請人五十嵐につき金一一六七万八〇五〇円、申請人川崎につき一〇七二万〇二〇〇円、申請人昼間につき金一〇〇七万二五五〇円であること、第二次及び第四次ないし第七次仮処分により被申請人が申請人らに対し現に仮払している金額は、申請人高山につき金一二万八九〇〇円、申請人五十嵐につき金一三万一〇〇〇円、申請人川崎につき金一二万四〇〇〇円、申請人昼間につき金一二万〇五〇〇円であること、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  ところで、賃金等の仮払を命ずる仮処分は、労働者が解雇の無効を主張し、それが疎明されているにかかわらず、使用者が該解雇を理由に労働者に対する賃金の支払を中絶している結果労働者及びその扶養する家族の経済生活が危殆に瀕し、これに関する本案判決の確定を待てないほど緊迫した事態に立ちいたり又はかかる事態に当面すべき現実かつ具体的なおそれが生じた場合、その労働者に対し、暫定的に使用者から右緊急状態を避けるに必要な期間、必要な金額の仮払を得させることを目的とするものであつて、保全すべき権利の終局的実現を目的とするものでないことはもとより、申請人らが主張するように暫定的にもせよ申請人らに対し被申請人の他の従業員と同等の生活を保障することを目的とするものでもない。そしてこのことは、この仮処分が民訴法七六〇条の規定によつて許容される仮処分の一種であることから見ても、すでに疑うべき余地のないところである。従つて、この仮処分の必要性は、前記緊急状態の現存又はその具体的な発生のおそれの存在の疎明によつて理由づけられるべきものであり、通常は、賃金を唯一の生計手段とする労働者が解雇によつて収入の途が絶たれた事実が疎明されれば、右必要性の存在も疎明されたものとして扱うことができるのであるが、その場合においても、(一)賃金全額の支払を命ずべきかどうかは、労働者及びその家族の経済生活の危殆を避止するに足るかどうかの見地から慎重に判断して決すべきものであるし、(二)仮払を命ずる期間も、労働者が本案訴訟を追行するために他に暫定的な生活の資を獲得するに必要な期間を判定して決すべきものであることは、前判示の仮処分の目的に照らし、いうまでもないところである。

この見地からみると、申請人らのごとく、すでに過去における数次の賃金仮払仮処分によつて、解雇された昭和四〇年六月から現在に至るまで一〇年余にわたり毎年の改訂分も含めて賃金全額にとどまらず夏季・冬季の賞与金までもの仮払を受けているという特段の事情の存在する場合にあつては、申請人らが右の賃金等の仮払にかかわらず、加えて本件の仮処分を求める必要性が存在するとするならば、申請人らは、すべからく、その必要性を基礎づける具体的な事実を主張し、かつ疎明すべきであり、また解雇後一〇年余も漫然手を拱いて被申請人からの仮払金のみに依存しているものではないという特段の事情も併せて主張し、かつ疎明すべきであつて、それがなされない限り、申請人らの求める夏季賞与金の仮払についてはもとより昇給差額金の仮払を求める仮処分についても、その必要性はないものというほかない。そして、申請人らは右各主張をしないし、本件の全証拠を検討しても、同人らにつき右の仮処分の必要性の存在することを疎明する資料はない。

三以上のとおりであつて、申請人らの本件仮処分申請は、すでに保全の必要性についての疎明を欠くものであり、しかも保証をもつて疎明に代えることは相当とは認められないから、爾余の判断を用いるまでもなく失当たるを免れないのであつて、右申請を認容した原決定は不当として取消すべきものである。よつて、民訴一九六条、八九条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(西山俊彦 原島克己 仲宗根一郎)

別紙、別表(一)、(二)〈省略〉

別紙「保全の必要性について」

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例